定年後も怖いのは家の奥さん

アラ還の元ケアマネが、福祉資格・家族介護・仕事について語ります。

タグ:社会福祉士試験

 みなさん、こんばんは。

 本当に余計なお世話と言われそうですが、次回の社会福祉士国家試験の受験申し込みが明日10月4日で締め切られます。

 まだ申し込まれていない方、あるいは受験をしようか迷われている方、お忘れなく。

 試験日は、令和2年2月2日で2が三つ並ぶゾロ目です。

 合格発表の日は、令和2年3月13日の金曜日。

 縁起が良いのやら、悪いのやら。

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 社会福祉士試験は科目数も半端じゃないですし、初回受験の方々は養成校や大学の単位履修も重なってきます。

 卒業を優先させながらの受験勉強なので、精神的にきついです。

 私の社会福祉士試験一年目は、仕事が忙しいと言い訳して、出遅れがたたって不合格でした。(二年目は、しっかり準備して合格してます)

 明日が出願の締め切り日ですので、ねじを巻き直すには丁度いい機会かと思います。




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 10年ひと昔と言いますが、それほど時が経ってしまいました。

 今から遡ること11年前、日本福祉大の通信で社会福祉士の受験資格を得て、初受験しました。

 当時の事を思い出すと、介護職員の給料は安く、家の奥さんとはその事で喧嘩ばかりしていました。

 このままでは生活していけないと感じ、福利協会(民間社会事業福利協会)からお金を借りて、日本福祉大学(通信教育部)に編入学し、社会福祉士に挑戦することにしたのです。

 しかし、介護現場での仕事は、生易しいものではありません。

 特に普通の会社を辞め、47歳で介護の世界に入った中年男にとって、女性中心の人間関係は相当きつく感じました。

 毎日へとへとになりながらも、大学の単位を取り、初受験にこぎつけたのです。

 でも、仕事がきついためメンタルはボロボロ、ユーキャンの速習レッスンを1回読み終え、過去問を5年分1回やったきりの受験となりました。

 大学の単位修得のための勉強も、「きっとプラスになるさ」と安易に考えていたのです。

 結果は無惨な不合格でした。合格点に8点も及ばない、箸にも棒にもかからない結果でした。

 家の奥さんからは、来年不合格なら離婚だと、最後通告を突きつけられました。それほど我が家は、経済的に苦しかったのです。

 しばらく勉強も手につかず、いろいろな書店をさまよい歩きました。

 「自分の勉強には、核となるものが何も無い。」そう感じていました。

 自分の核となる勉強法を探していたのです。

 ある日、法律系試験のコーナーに平積みになっている金色の本が目に入りました。

 「合格のお守り」、表紙にはそう書かれていました。

 表紙の帯紙には、「きみの心は、決して折れない!」そうも書かれていました。

 せっぱ詰まった思いでその本を購入し、自宅でページを開き付属のCDを聴いてみました。

 著者の伊藤真さんが、直接語りかけてくるのです。

 私にとっては、目から鱗が落ちる思いでした。

 邪魔なプライドを捨て、思い込みを捨て、心を鍛えることこそが合格への近道であることを知りました。

 それ以降私bowbowは、自分に言い訳することを止めました。

 勉強法で悩んでいる方がいらっしゃいましたら、伊藤真さんの「合格のお守り」と「夢をかなえる勉強法」を読んでみてください。(ネット古書店でも、安く手に入れられますよ。)

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 介護福祉士試験は、デイサービスの介護職員になって4年目の冬に受験しました。

 平成22年の事ですので、早いもので9年以上も経過したことになります。

 私の場合47歳で初めて介護現場を経験し、介護福祉士受験の時にはすでに51歳になっていました。

 最初の頃は利用者さんを介助するのも怖くてぎこちないため、意地の悪い先輩職員からはかなりきつい事も言われ、本当に悔しい思いもしました。

 3年目に社会福祉士の試験に合格し、生活相談員と兼務になりましたが、まだまだ介護現場では一人前に見られていなかったような気がします。

 そして4年目、筆記試験は岩手県の「産業文化センターアピオ」で受験。

 広々としたイベント会場ですが、机と椅子がずらりと並べられていました。

 ストーブが所々に置いてありましたが、試験開始時は会場全体が暖まっておらず、ダウンジャケット着用のままの受験となりました。

 会場には時計が無く、腕時計を身付けていてほっとしたのを憶えています。

 前年に社会福祉士試験を受けていた事もあり、筆記試験自体は落ち着いて受けられました。

 その後、筆記試験の合格通知と実技試験の案内がはがきで届きました。

東京ビッグサイト

 前段の話とは少し前後しますが、筆記試験の結果通知通知の2日前に、公益財団法人介護労働安定センターが主催する実技講習会に参加しました。(この時点では、まだ実技試験に進めるかどうかも判らなかったのですが、受かると信じて受講しました)

 公的機関という事で、講習料はかなり格安で5千円程度だったように記憶しています。

 実技試験の場合、日頃職場で行っている身体介助では不合格になると聞いていたので、1日講習ですが参加をしてみました。

 やはり実際に参加してみて思ったのですが、不自然くらい頻繁な声かけと安全確認が必要でした。

 安全確認はともかくとして、頻繁な声掛けは実際の利用者さんから煩がられるくらいの感じです。

 午前中は身体介護やベッドメイクの基本動作、午後からは前年を除いた過去5年間の実技問題を行いました。

 その後は、成美堂出版の「介護福祉士実技試験過去問題集」を使って、講習会の実技講習を思い出しながら頭の中でシュミレーションを何回も行いました。

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 そして平成22年3月7日午後、青森県立保健大学で介護福祉士の実技試験を受けました。

 午後からの試験だったため、午前の受験者が退出するまで随分待たされました。

 大講堂での待機も順番がずっと後で、午後3時過ぎの呼び出しとなりました。

 試験問題が渡され内容を覚える事になり、内容を見てびっくり。

 試験課題

 金子薫さん(80歳)は左上下肢に麻痺があり、歩行はできません。
 起き上がりと立位には一部介助が必要です。 
 金子さんは、ポータブルトイレでの排せつを希望しています。 
 ベッド仰臥位になっている状態からポータブルトイレに座るまでの介助を行ってください。
 なお、金子さんは、あなたの介助に同意しています。
 金子さんは「はい」または「うなずく」のみです。
 (モデルはズボンの下にスパッツをはいていますが、下ろすのはズボンだけです)

 試験時間は5分以内です。

 名前と年齢は違ってましたが、講習を受けた過去問とほぼ同じ内容。

 かえってドキドキしました。

 試験課題をほぼ5分丁度で終えましたが、完全に真っ白になってしまい、ただただ声かけばかりしていた事しか覚えていません。

 中央法規の模範解答を見ても、自分がどんな間違いを犯したのかも覚えておらず、まったく役に立ちませんでした。

 合格発表の日まで悶々としておりましたが、通知はがきを見てほっとしました。「合格」でした。

 この日を境に、職場の仲間からは一人前に見られるようになったような気がします。



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